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『お兄さん♪』
ぼんやりとした意識の中、ふと楽し気な声を掛けられた。
振り返ると巫女姿の沙紀。
他には誰もいない。
それどころか周囲に何もない。
ただふわふわとした、雲の中のような場所にいた。
一体ここはどこだろうと首を捻っていると、ふいに沙紀が手を取り、そしてやけに熱っぽい視線を向けてくる。
『ふふっ』
やけに妖艶な笑みを浮かべ、艶めかしく指を絡め取られたかと思うと、しなだれかかってきた。
『っ!?』
いきなりのことで驚いた隼人は思わず後ずさる。
しかし手がしっかりと繋がれていたおかげで、沙紀は隼人に急に手を引かれる形となり、足をもつれさせてしまう。
危ない、と思った時にはもう遅かった。
転びそうになる沙紀に、もう片方の手を伸ばそうとするも、隼人自身も繋がれている手のおかげでバランスを崩し、一緒に倒れてしまう。
『──っ!』
声は出なかった。
頭は何か柔らかいものに埋められており、顔を上げると目の前の沙紀と目が合う。
その距離はとても近い。
ほぼ抱き合っているとも、押し倒しているともいえる格好だった。
慌てて身を離そうとするも、逃げないでとばかりに頬に手を添えられ、ぎゅっと繋がっている手を握りしめられ引き留められる。
視線が絡む。
沙紀の瞳は淫蕩の色に染まり、桜色の舌先でちろりと薄紅色の下唇を舐める。浮かべるのは小悪魔的な笑み。
互いに零れる吐息は熱く、そして荒い。
混乱する意識の中、身動ぎする沙紀の衣擦れの音が響く。
遅れて、妙に甘い香りが鼻腔をくすぐり、理性を溶かす。
くらくらする頭で視線を下げれば、白衣がはだけ、胸元は際どく露わになっている。
ごくりと喉を鳴らす。
沙紀は腕の中にいた。
柔らかくて、甘い匂いがして、このままギュッと抱きしめれば気持ちよいだろう。そんな彼女の存在を、異性を、間近で感じられる。
そんなこと思ってはいけないのに、感じることはダメだと頭で理解しているのに、目は彼女から離せない。
そんな隼人を沙紀はくすくすと妖しげに笑い、耳元へ口を寄せると、艶めく声で誘うように囁いた。
『私、可愛いですか?』
「────っ!はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
堪らず飛び起きた。
心臓はバクバクと破裂しそうなほど早鐘を打ち、全身は汗と後ろめたさでびっしょりと濡れている。
右手を顔に当て、情けなく俯く。
そして、ここが現実だと確認するかのように、周囲を見回す。
カーテンの隙間から覗く空は未だ薄暗く、時刻を見ればまだ5時前。
机の上には昨夜使って放置されたままの原付の問題集。
この静かな部屋の隣、壁1枚隔てた姫子の部屋では、無防備に沙紀も眠っているに違いない。
その事実が、胸の騒めきの火を余計に燃えさせてしまいそうになる。
「くそ……っ!」
沙紀を完全に異性として見ている、友達の兄としては最低な夢だった。
身体は誤魔化すことができないほど、沙紀という少女に興奮してしまっている。
手にやけにリアルに残っている艶めかしい感触は、果たして先ほどの夢のものか、はたまた昨夜握った時のことを思い出したものなのか。
罪悪感と背徳感に押しつぶされそうになってしまう。
ごくりと喉を鳴らすと共に、大きく頭を振る。
ぎゅっと奥歯を噛みしめ、確認するかのように記憶を復習う。
沙紀のことは、ずっと幼い頃から見てきていた。
家で、学校で、そこらの道端で。
いつだって姫子の隣に、隼人とも近いところにいた。
笑って、拗ねて、ビックリして。
はしゃいだり、喜んだり、不貞腐れたり。
今はそんな様々な姿を、隼人にも見せてくれている。
それでも一番脳裏に鮮烈に焼き付いているのは、祭りの時の神楽舞の姿。
とても輝いていた。
そして同じだった。
月野瀬で自らの望みを謳った時も。
病院でシンプルに願っていることを口にした時も。
昨夜、掴むために手を伸ばした時も。
村尾沙紀。
おっとりしたところがあり、やってきた都会では危ういところがあるものの、確かな自分の芯を持った、1つ年下の女の子。
彼女をそっと、心の中の天秤に載せてみる。
妹の親友。
春希の友達。
地元の神社の巫女。
他にも色々載せてみるものの、そのいずれとも釣り合いはしない。
ただ、気付かされるだけ。
沙紀はこの都会に来る以前からとっくに1人の、特別な女の子の方へと傾いてしまっていたのだと。
隼人は頭を抱えて嘆息を1つ。
迷子のような声色で独り言ちた。
「これからどんなノリで接すればいいんだよ……」
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