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冴えない彼女の育てかたGS2.6(霞詩子&柏木エリ編)
「あ、あっ、何か動いたわ! やっぱり部屋にいるみたい!」
「……あ、そ」
「さ、澤村さんっ、双眼鏡! 早くっ!」
「ちょっと霞ヶ丘詩羽っ、人んちのベランダで堂々と覗きやろうとするんじゃないわよこの変態! ご近所の目ってものがあるでしょ!」
丘の上にそびえ立つ澤村邸の、二階の英梨々の部屋のベランダからは、彼女が住むこの街の風景が一望できる。
……もちろん、坂の下、数百メートル先にある、安芸邸の二階の部屋の窓までも。
「あなたこそ、こんな秘密の花園を誰にも知らせず一人で楽しんでいた変態でしょう?」
「楽しんでないから双眼鏡とか常備してないから」
「ああ、あなたの部屋にこんな天国が隠されているなんて知っていたら、もっと早く入り浸っていたのに……」
「……悪いけど明日から出入り禁止にしていい?」
九月に入って最初の日曜日。
新作RPG『フィールズクロニクル』のシナリオ執筆&修正を数日前に終え、さらに人気ライトノベルシリーズ『純情ヘクトパスカル』新刊の執筆も〝つい昨日〟終えた、小説家兼シナリオライター・霞詩子(本名:霞ヶ丘詩羽)は、この場所に来た当初の目的をすっかり忘れ、ベランダからの絶景(のごく一部)を堪能していた。
で、部屋の主──詩羽のゲーム方面でのビジネスパートナー、『フィールズクロニクル』キャラクターデザイン兼原画担当・柏木エリ(本名:澤村・スペンサー・英梨々)──は、そんな異常なテンションの詩羽を抑えるのを早々に諦め、自分の方は全然終わっていない仕事に集中すべく、机に向かっている。
「ね、ねぇ澤村さん……倫理君、最近どうしているかしら?」
「別に、元気みたいよ」
「わ、私のこと、何か言ってない? この前のこと後悔してるとか、どうしても会いたいとか、やっぱり忘れられないとかっ」
「あ~言ってない言ってない。あんたのことなんか、全然、全く、これっぽっちも話題に上らないから」
「……それって、私の話題について意図的に報道規制を敷くマスゴミの方に問題があるのではないかしら?」
「あ~はいはい、悪ぅございましたね~」
などと、英梨々は仕事に集中しつつ、詩羽に対しての女子的な意地も忘れなかった。
実際には、詩羽が立ち直り、今もこうして一生懸命頑張っていることを、事細かに伝えたばかりだったけれど。
※ ※ ※
「何よこれ……またカロリーの高い作画ねぇ」
「人のせっかくの頑張りをそんな風に流さないでよ。もっとこう、こっちのモチベーションを上げる言葉ってものがあるでしょ。『こんな凄い絵見たことないわ』とか、『あなたやっぱり天才ね』とか、『これ版画にしてシリアルナンバー付けたら●●万円で売れるわよ』とか!」
「……その最後のって言われて嬉しいの?」
そんなこんなで、いい加減雑談にも飽きた二人は、ようやく今日の目的である、ゲーム関連の打ち合わせを始める。
めでたく詩羽のシナリオが完成し、イベントCGの指示も全て出揃った今、議題の中心は、その指示に従って上げ始めた、英梨々のイベント原画についてとなっていた。
「とにかく、この線画はOKってことでいいのね? じゃ、紅坂朱音に回すわよ?」
「いいも何も……相変わらずあなた、自分を追い込むのが大好きね」
とはいえ、こうして目の前に出された英梨々の成果物を目の当たりにして、詩羽は既に、ここに来た理由を見失いつつあった。
……その、あまりの完成度の高さに、文章書きとしての意見など、馬鹿馬鹿しく思えてしまったから。
それほどまでに、英梨々の絵の中に、自分の文章に寄り添った、いや超えた表現が見て取れてしまったから。
「あたしをそこまで追い込ませるシナリオが悪いのよ」
「ここまで無茶な描き込みをしろなんて指示したつもりはないのだけれど……」
「そういう意味じゃ……」
「だいたい、一枚にこんな手間をかけていいの? 今月中にあと三〇枚でしょう?」
「あと二三枚に減ったわよ、ほら」
と、英梨々がおもむろに差し出した残りの六枚の線画を見て、またしても詩羽の中から変な笑いが漏れてきてしまう。
その、一週間で七枚も描き上げたとは思えない超絶な完成度と、この絵を責任もって塗らされることになる、CGチームの苦難に……
開発も終盤に入り、一〇人以上いるはずのCGチーム側の方が、英梨々ひとりの質と量を受け止めきれなくなってきていた。
次々と上がってくる情報量の多すぎる線画に、彩色作業が間に合わず、しかもクオリティも追いつかず。
それでも、やっと上がったCGは、英梨々のチェックでダメ出しをされるどころか、直接修正され、しかもそれが、心折られるレベルで実力の差を見せつけられ。
今の英梨々は、そんな『ついてこられないお前らが悪い』と言わんばかりの、最高にして最悪の害虫……いや外注に成り果てている。
「あなたなら、本当に、あの紅坂朱音を倒せてしまうかもね……」
そんな開発全体の混乱を、彼女たちのボスは、二人へと持ち込むことはしなかった。
ただ純粋にテキストや絵の良し悪しで戦い、彼女の求めるレベルに達しさえすれば何もかもOKと判断し、決して政治や金絡みの不毛な話を持ち込まない。
……だから、その不毛な戦いに、彼女がどれだけのエネルギーを費やしているのか、二人も詮索しない。
ただ、絵やテキストで殴り合い、そのラスボスを倒そうとするだけ。
「何言ってんのよ……ゲームは、総合芸術でしょ?」
「澤村さん……?」
「シナリオが、あたしの絵を輝かせられないと、あのバケモノに勝てる訳ないでしょ」
「でも、私はもう頑張れないわよ? シナリオは、さすがにもうこの時期に直せないし」
「そんなの、わかってる……」
「あ……」
そう、英梨々に言わせれば、わかってないのは詩羽の方で。
だって、そもそも、柏木エリのこの絵を引き出したのは、他ならぬ、霞詩子というバケモノの、あのネジの外れたシナリオだったのだから……
「〝私たち〟なら、本当に、あの紅坂朱音を倒せてしまうかもね……」
だから、詩羽は言い直す。
「倒すわよ。決まってんじゃない」
そして、英梨々は即答する。
そんな二人の、いや、三人のゲーム開発という名の戦いは、いよいよ決着の時を迎えようとしていた。
「じゃ、ちょっと休憩ね。ほら、これベランダにセットしてよ、霞ヶ丘詩羽」
「って、澤村さん、これ、望遠鏡……」
「双眼鏡なんてある訳ないでしょ? あんな倍率の低いもの」
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