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※※※
「──ただいま」
玄関でぼそりと呟いて、私は我が家へと帰宅した。両親と姉、それから私の四人で住んでいる狭い一軒家だが、帰ってくるとやはりほっとする。
学校指定のローファーを靴箱の中に雑に突っ込んで、私は吸い寄せられるように明かりの灯るリビングへ。
制服のブレザーを脱ぎ、靴下を脱ぎ、カバンをテーブルの上に置いて、私はリビングのソファでくつろぎながらテレビを観ている姉に話しかけた。
「あ~、疲れた……ねえ由奈姉、冷蔵庫のアイスってまだ残ってたっけ?」
「ん~ん。ラスイチ、いまココ」
「……あ、そ」
私のポケットマネーで買ったアイスだったはずだが、こんな感じで放っておくとすぐ姉に横取りされてしまう。幼い時はこれが原因でよく喧嘩していたけれど、いつまでも食べずにとっておいた私にもちょっとだけ非があるかもと思い、今はもう諦めている。
無いなら、また新しいものを買えばいいだけだ。
とりあえず、今日のところは冷たい麦茶で渇きを潤して誤魔化す。今からコンビニやスーパーに行くほど、気力も体力も残っていない。
「新奈、今日は一段とヤバい顔してんねえ。体育祭だったっけ? どうだった?」
「どうだったって、顔見りゃわかるでしょ。大変だったよ、それなりに」
二年に一度の体育祭はとても楽しかったけれど、競技が終わり、後片付けになると一気に疲れが押し寄せてくる。筋肉痛もそうだが、汗やグラウンドの砂でベタベタになった体が特に気持ち悪い。
今すぐお風呂に入って、色々なものを洗い流したかった。
……それぐらい、今日は本当に色々なことがあった。
解決したこともあれば、これからまたひと悶着ありそうなことまで。
「由奈姉、もうお風呂入れちゃうけど、どうする? 先に入る?」
「いや、これからまた勉強しなきゃだし、新奈が先でいいよ。あ、晩ご飯は鍋にカレー入ってるから、ご飯炊いて適当に食べとけって、お母さんが」
「ん。んじゃ、お先」
受験勉強のために自室へと戻っていく姉を見届けてから、私は入浴の準備と洗濯を始めた。我が新田家は両親が朝早くから仕事に出ている関係で、掃除や洗濯など、出来る範囲の家事は私と姉の二人で担当している。まあ、担当といってもあくまで最低限で、胸を張って自慢できるほどの出来栄えではないのだが。
実際、今まで誰にも自慢したことはない。
砂や汗で汚れた体操服や下着を洗濯機の中に放り込み、スタートボタンを押してから、私は浴室へ。まだ浴槽には十分お湯が溜まっていないが、その間にシャワーで頭や全身を洗ってしまえばいい。
もうちょっとのんびりしなよ、と由奈姉にたまに言われる。私もこれで結構せっかちなところがあったりするのだ。
「──私の顔、そんなに疲れてたかな」
シャンプーの泡を洗い流して、鏡に映った自分の顔に手を添えてみる。
個人的にはいつもと変わらない、そこそこ可愛い(と自分で言うのもなんだが)すっぴん顔があるだけだが、わかる人にはわかってしまうのだろう。
姉だけでなく、もしかしたら親しい人たちにだって。
「……ふ~」
たっぷりとお湯の溜まった浴槽に浸かり、私は一日の疲れを吐き出すように、大きく息を吐いた。
のぼせるのが嫌なので長湯はしないけれど、お風呂に入るのは好きだ。
入浴中は誰も入ってこない、自分一人で静かに出来る空間。
私にだって、たまには一人で物思いにふける時はある。
「わかってたことだったけど、やっぱり、ダメだったなあ……」
天井を見つめながら、私はつい先程あったばかりの失恋について思い出していた。
体育祭の片付けが終わり、青組の解散式が終わってすぐのタイミングで、私はこっそりと一人の男の子へ正直な気持ちをぶつけていた。
滝沢総司君。
一年生ながら生徒会の副会長を務めており、体育祭でも裏方に競技にと大活躍で、しかも今まで見た中でも飛びきりイケメンの、私の中では限りなく理想に近い男の子。
──すいません、新田先輩。僕は澪先輩のことが好きなので。
つい一時間ほど前に耳にしたばかりの言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
断られることは、告白する前からわかっていた。彼の心の中には、中村さんというかけがえのない女の子がいて、何ならすでに彼らはカップルとして成立していた。
無駄だとわかっていた。そのための心の準備も、きちんと出来ていたつもりだった。
それでも、やはりしっかりと振られると、いくら私でも凹む時は凹む。
……まあ、告白したことは全く後悔していないけれど。
「夕ちん……あの子は、どうするつもりなんだろ」
ひとしきりブルーになったところで、私が次に心配していたのは一人の友達のこと。
びっくりするほど可愛くて、太陽みたいに眩しくて。
私がどんなに背伸びしたって敵わない、物語からそのまま飛び出してきたような女の子。
でも、そんな彼女でさえ、どんなに頑張っても手に入らないものはある。
「初恋の男の子が誰よりも大切な親友の彼氏でした──か。そりゃ悩むなってほうが無理な話ではあるけど……」
彼女がそう白状したわけではないけれど、これまでの様子から、彼女の初恋の相手が前原であることは割と簡単に察せられた。前原と話している時の表情や仕草、言動に至るまで、滝沢君を前にした時の私とそっくりだったからだ。
私個人としてはピンとこないけれど、前原が意外とモテることについて、私はそれほど不思議には思わない。これまで友達が少なかった(というかほぼゼロ)せいもあり、時折コミュ障なところが顔を出すけれど、話してみると意外とユーモアがあるし、彼なりに日々努力していることがわかって好感が持てる。
だから、朝凪が前原と付き合い始めたことを知っても、特に驚きはなかった。
もちろん、朝凪の親友である夕ちんが、同じ気持ちを抱くとしても。
「ねえ夕ちん。……いや、天海夕。アンタはそれで、本当にいいの?」
以前彼女に向けてぼそりと呟いた独り言を、私は繰り返した。
恋愛に対するアプローチが十人十色である以上、どんな答えを出すのかは彼女の自由だ。私みたいに無理を承知で人知れず玉砕するもよし、片想いのまま高校を卒業し、そのまま徐々にフェードアウトするのも。
彼女の恋に、私が口を挟む余地はない。そんな資格だって、多分ないだろう。
それは、ちゃんとわかっている。
……わかっているけれど。
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